【生い立ちに問題?】南野拓実は若い頃に出会ったある人とは?

ビルポ事務局

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リヴァプールFCにおいて、アジア人選手として史上初を達成した南野拓実。

正確なゴールであったり、即座な守備力に定評があります。


そんな彼の若いころの出会いや、生い立ちについて語っていきたいと思います。

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南野拓実の経歴

南野拓実が、3歳の時です。
ワールドカップフランス大会にて、ロナウドのプレーを見てから、サッカーに興味を持つようになります。
あと彼には、3つ年上の兄がいます。
その兄が、サッカーをやっていました。
その影響も、あるかと思います。

幼稚園に入ると、ゼッセル熊取FCでサッカーを始めます。

小学生の時は、良い成績を出すことができませんでした。
ですから、全国大会に出場してません。

中学進学と同時に、いくつかのサッカークラブからオファーがあったのです。
そんな中当時お兄さんが、セレッソ大阪に在籍されていました。
そのため迷わず、セレッソ大阪U-15に入ることになったのです。

秋山大地選手と、当時はチームメイトという間柄でした。
2009年、第24回日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会に出場します。
そこでベスト8まで進出され、得点王に輝きます。

2010年になると、セレッソ大阪U-18にレベルアップします。
高校生になると、すぐレギュラーになります。
プリンスリーグ関西1部第1節神戸科学技術戦で、ハットトリック達成します。

3年の時、セレッソ大阪のトップチームにレベルアップ。
2011年にU-17日本代表のエースとして、たくさんの期待を背負う形になったのです。

不調にもなったが、18年ぶりにベスト8進出を果たしました。
2012年には、プレミアリーグウエストで16得点を獲得。

その他得点ランキング2位という、成績を掲げたのです。
そしてJリーグデビューします。

2013年第1節・アルビレックス新潟戦にて、スターティングメンバーに選ばれます。
クラブ史上初、高卒ルーキーとしてスタメン入りします。

第14節・ジュビロ磐田戦でリーグ戦で、初得点を得ます。
チームの中心となり、リーグ戦出場29試合5得点をあげます。
この結果により、Jリーグベストヤングプレーヤー賞に輝きます。

2014年になると、監督が変わります。
勝ち点を伸ばすことができませんでした。
17位という結果に終わり、J2へ降格になってしまいます。

2015年になると、オーストリアにあるブンデスリーガ。
そこのFCレッドブル・ザルツブルクに完全移籍されます。

2月のリーグ戦第20節のSCウィーナー・ノイシュタット戦にて、先発デビューとなりました。


3月のリーグ第23節FCアドミラ・ヴァッカー・メードリング戦で、移籍初ゴールを決めたのです。

10月にワールドカップ2次予選の、シリア戦とイラン戦のメンバーに選ばれました。
日本代表として、初選出のことです。

2015-16シーズン、リーグ戦において10得点をあげ、チームを優勝へと導いたのです。
2016-17シーズンは、2月に行われた第22節のSVリート戦。

ここでプロとして初めて、ハットトリックを取得しました。
4月の第27節のSCラインドルフ・アルタッハ戦で、2年連続2桁得点をおさめたのです。
8月には、リオオリンピックメンバーに選ばれます。

2017-18シーズンでは、11月前に負傷してしまいました。
しかし第14節のSKNザンクト・ペルテン戦で、2得点を挙げてます。

リーグ戦最終節では、フル出場しました。
そこで優勝し、チームとしては5連覇を成し遂げたのです。

2018-19シーズンにおいて、10月のパナマ戦で先制点を挙げてます。
それだけでなく、2試合連続ゴールを決めました。


11月に行われたUEFAヨーロッパリーグ・GS第4節のローゼンボリBK戦。
この大会で、日本人史上初のハットトリックを決めました。

リーグ戦第29節にフル出場をし、チーム6連覇します。

2019-20シーズン、9月のUEFAチャンピオンズリーグ・GS第1節のKRCヘンク戦で、CLデビューします。

10月のチャンピオンズリーグ・GS第2節にて、前回王者だったリヴァプールFC。
それに対し、1ゴール1アシストを決めたのです。

移籍したころは、「早く結果を出して2、3年でステップアップしたいと思っていた」と語ってました。

「ビッグクラブでプレーしたい」という目標を持って、ずっとがんばってきた成果が実ったのです。

気がつくと、ザルツブルクに5年在籍していたことになります。

2019年の12月に翌年1月から、プレミアリーグのリヴァプールFCに加入することになりました。

契約年数は、4年半とのこと。
2020年の1月、FAカップ3回戦のエヴァートンFC戦にて、移籍後初出場します。
3月のアトレティコ・マドリード戦で、移籍後初のチャンピオンズリーグ出場となりました。


控えという立ち位置でした。
しかしチームリヴァプールは、30年ぶりにリーグ優勝をしたのです。
これにより彼は、日本人として4人目のプレミアリーグ優勝経験者となりました。

2020-21シーズンは、初戦の8月に行われた、FAコミュニティ・シールドのアーセナルFC戦。

途中出場ながら、移籍後15試合目にして初得点を決めます。
12月のクリスタル・パレスFC戦で、モハメド・サラーというエジプト出身選手の代わりに出場。

開始して3分で、プレミア初得点となる先制ゴールを決めました。
その後波に乗り、7-0の大勝となった。

2021年の2月、サウサンプトンFCにシーズン終了までという条件付きで、レンタルで移籍となりました。

2月のニューカッスル・ユナイテッドFC戦において、前半30分に移籍後初出場でゴールを決めました。

同じ2月に行われた、ホームのチェルシーFC戦。
前半33分過ぎに、移籍後2ゴール目を挙げることができたのです。

1-1で引き分けではあったが、チームとしては6試合ぶりの勝ち点をおさめた事になります。

2021年第12節のアーセナルとの対戦で、途中出場にも関わらず出場して45秒でゴールを決めたのです。


FAカップで、4試合出場し3得点を獲得しました。
その影響からか、「ファンが選ぶFA杯ベストイレブン」に選ばれました。

2022年5月17日第37節、アウェイ開催のサウサンプトン戦にてです。
プレミアムリーグに、優勝の切符を近づけました。
2022年の6月、ASモナコに完全移籍することになったのである。

移籍後彼は、「練習が、ハード」と言っていました。
そんな中で9月の第8節のスタッド・ランス戦で、移籍後初ゴールし、1得点1アシストを決めたのです。

6月の2022 FIFAワールドカップ・アジア、2次予選でのタジキスタン戦。
日本代表史上初のワールドカップの予選が開幕した。
開幕から7戦連続で、ゴールを達成しました。

南野拓実の若い頃

南野拓実は、1995年の1月生まれです。
だから今は、27歳。


今よりも若い頃の彼は、どんな感じだったのでしょう?

そんな彼は若いころ、プレミアムリーグでプレーするのを夢見てました。

日本の選手が、ヨーロッパのプレミアムリーグでプレーすることは、大きな挑戦だと語ってます。

その彼が、若いころに影響を受けた選手がいました。
フェルナンド・トーレスとダビド・ビジャの2人です。

フェルナンド・トーレスは、スペインの元サッカー選手でした。
今は、指導者になっているそうです。

ダビド・ビジャも、スペイン出身のサッカー選手でした。
歴代最多得点記録を、持っている方です。


南野拓実は当時、この2人のプレ−をよく見てたそうです。
そして彼ら2人みたくなりたいという、願望がありました。

この願望は、彼がレッドブル・ザルツブルクへ移籍してから現実になりました。

若いころに、フェルナンド・トーレスとダビド・ビジャに憧れを抱いていた南野拓実。
彼らを目標として、がんばってきたと思います。

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南野拓実の生い立ち

生い立ちについて、紹介していきます。
多少、経歴とかぶるかもしれません。
ご了承下さい。

南野拓実は大阪の泉佐野市で、生まれました。
3歳くらいになると、父親と3つ年上の兄と一緒にボールを蹴り、練習していたのです。

3歳なので練習というより、遊びに近かったかもしれません。
外だけでなく、家の中や庭でもやるようになっていきました。

その姿を父が見て、新たな練習方法を思いついたのです。
それは家の駐車場で、行われました。

マーカーをおき、ジグザグにドリブルするという感じだったのです。
これにより彼は、ドリブルを覚えたのです。

練習内容を父親が考え、兄弟2人でそれをやります。
その様子を見て、時には父親がアドバイスすることもあったようです。

小学生の時は、サッカースクールに通っていました。
その送り迎えを、母親がほぼ毎日やっていたのです。

あと技術だけでなく、食事の面でもサポートしてくれていたようですね。
このような親の献身的な支えがあり、南野拓実は少しずつ上達し強くなっていったのだと考えます。

その後はお兄さんと一緒に、セレッソ大阪ジュニアユースで切磋琢磨していったのだと感じます。

お父様が、練習メニューを考えていたのですね。
練習メニューを考えられることから、お父様は何かしらスポーツをやっていた可能性が考えられます。

そうでないと兄弟2人がやっているのを見て、どうすれば上手になるかを考えるのは難しいと思うからです。

そしてお母様も送迎や食事管理といった面で、配慮してくれていたのですね。
このような家族の協力がないと、スポーツを続けるのは大変です。
協力があったからこそ、今があるように感じます。

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南野拓実の現在

フランスのASモナコに、完全移籍することが発表されました。
契約期間は、2026年までの4年間です。


そして9月に行われた、リーグ・アン第8節スタッド・ランス戦に出場。
そこで初ゴールで、1アシストを決めたのです。
その影響もあり、3-0で勝つことができました。

南野拓実のまとめ

南野拓実の生い立ちや、現在の状況について調べてみました。


先にお兄さんがサッカーをやっていて、その様子を見てサッカーをやり始めた南野拓実。


お兄さんがサッカーをやっていなかったら、今のように世界で活躍してなかったかもしれませんね。

幼少時からサッカーと、慣れ親しんでいました。
だから若い時から自国選手だけでなく、海外の選手のプレーに目が留まったのだと思います。

その他プレミアムリーグでプレーしたうという夢を、持てたのだと感じます。

11月には国際親善試合や、W杯が控えてます。
それに向けて、頑張ってほしいですね。

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